こんにちは!
Akaneです。
今日は、すんごく精神的にキツかったです。
ちょっと正直に書くと最近はかなり落ち込んでいます。
気持ちが沈んでいます。
シカゴに来てから落ち着く時はあっても本当の本当の本当に気持ちが休まる時なんて実は一度もなくってこれが孤独というものなのかと毎日実感しています。
そんな中で今日も、語学学校でいざこざがありました。
どうしてこう毎日のように悩まなくても良さそうなところで問題が発生するのでしょうか、、、でも、自分に与えられた試練だと思って、自分が強くなるための試練だと思って乗り越えなければならないと思っています。逃げちゃダメです。戦って、戦って戦い抜きます。勝つまで戦います。
今日は、クラスメイトの一人が休んでいたので、私を含めた生徒4人と先生の計5名でのレッスンでした。
先生は相変わらずで、でも前半は少し良い感じだった気がします。本当に気持ちが切り替わるタイミングがまだ掴めずに私自身すごく気を使います。当然授業は面白くなんてありません。何かの拍子で笑うムードになって(笑わなければならない会話の内容)、面白くもないのにその場の雰囲気作りのために笑うという感じです。そして上手く次に繋げたり、、、。
かなり疲れます。
体力たくさん使います。
英語を学びに来ているのか空気を読みに来ているのか自分でもわかりません。
それくらいキツイです。
自分がなんとかしなきゃ、雰囲気明るくしなきゃって私が過剰に背負い過ぎているのかもって思ったけど、でも、もし私がクラスの雰囲気を良くする努力を怠ったら、その瞬間にこのクラスが死にそうな気がしてて、それは自分にとっても良くないことは明白です。
それでも最近はそれで沈んでしまうクラスならばいっそのこと沈むのをこの目に焼き付けてはどうだろうって考えちゃう時もあります。でもその時は、救命ボートに乗って外から沈む船を眺めているのではなく、どうしようも出来なかった反省として私もその船に乗って一緒に冷たい海を経験しようと思っています。それくらいの覚悟で来ています。それくらい何とかしたいと思っているのです。
ただこれが本当に私の課題なのかについては少し疑問があります。
私の好きな心理学者でアルフレッド・アドラーという方がいます。彼の「課題の分離理論」では、「人生を自由に、かつ責任を持って生きるためには常に課題の分離が必要である。その課題が自分の課題か他人の課題かを見極める事で相手の課題に踏み込むことも相手に自分の課題に踏み込ませる事もしないで各々が自分で出した結論に責任を持って自由に生きる。」と述べています。
課題の分離を行うと語学学校でのことは私の課題ではないのかもしれないなと、、、思ったり。
さてどうすれば良いものか。





