IN CHICAGO

DAY65〜自信過剰にならないといけない〜

こんにちは。

Akaneです。

相変わらずの孤独感に加えて、アウトサイドのハードさ、、、気持ちが沈んでいる時に難しいことに挑戦するとより難しく感じるのは私だけでしょうか。

孤独感っていうのは化け物みたいに恐ろしく奇妙なものです。

目に見えないモヤモヤって一番滅入ります。

ただこの孤独感もどんな形かはわからないですがいずれ終わりがきます。無くなるのが先か、自分が慣れるのが先か、、、どちらにしても孤独感は日が経てば和らいでいくとは思います。

それは分かっているのです。

分かっているのですが、今は毎日が辛いのです。

きっと一年後にこの記事を読んだら、「あ〜そんなことも思っていたよね。」とか友達と笑いながら喋っていると思います。(そうじゃないと深刻です。)

それを分かっていても今は辛いものなんです。これ不思議です。未来は分かっているはずなのにある意味楽観視が上手く出来ていないみたいな状況です。

こんなにハッキリ分かっているのに、、、

やっぱり孤独感って化け物です。

そんな風に思うけれども毎日強く生きていかなければなりません。一人で強く生きていかないといけません。

「今日は学校行きたくないから行かない。」とかやろうと思えば全然出来てしまいます。でもそれがどう言うことを意味するのかを理解している分、絶対にそんなことはしません。ここでは全てが本当に全てが自由に選択できます。正直サボろうと思えばいくらでもサボれてしまうくらい何の拘束もありません。

でも人間てアマノジャク的なところがあって、そう言う時に限って「サボってはいけない、休んではいけない。」って思うんです。

そして頑張った結果、勝手に疲れたりします。笑

だから私が最近思うようにしているのは、

「自分はここにこうして生きているだけですごいんだ。」と。

「こうして21年間以上生まれ育った慣れ親しんだ日本という土地を離れ一人でアメリカで暮らしている。色んなことが起こりながらも奇跡的に生きていけてる。そんでここでも私を支えてくれる人に出会えた。どんどん世界が広がっている。怖い怖い言いながら結局毎日笑ってる。」

いっやメチャクチャすごいじゃん!って思います。

もう正直この2年くらいを生き抜いたら、怖いものなんて何も無くなるんじゃないかなって思います。

文化の違いとか、人前にどんどん出るのとか、はじめましての人とか、誰か(友達ではない人)に見られている中で何かを表現するのとか、ちっとも何とも思わなくなっていそうな気がします。

ここまでたどり着くための2年間です。そりゃ、この胸が破裂しそうになるくらいの孤独感を抱えるのだって当たり前だと思います。それくらい負担かけないと爆発は出来ません。

「私はそんな試練を受ける権利を手にしているだ、私は色んな人に選ばれてここにいるんだ。」とかなり自信過剰な思い込みをするようにしています。これくらいオーバーにならないとすぐに潰れます。

これくらい高い壁を今登っている気がしてて、その壁を登り切って上に立って見る景色って多分私が想像している以上に今までとは全然違うものになっていると思います。

「壁を登るにも権利がいる。私は21年間でその権利をもらった。それがどういうことを意味しているのか考えなさい。」

って自信過剰の自分が毎日私に問いかけてくれます。

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