IN CHICAGO

DAY202〜We discussed about euthanasia.〜

こんにちは!

Akaneです。

今日はとても平和な1日でした。

語学学校では中間が終わって後期が始まったのでクラスメイトが増えるかなと思ったのですが今回は増えず、、、私は人数が多いクラスの方が好きなのでちょびっとだけ残念です。

そんな中でもやはり今のクラスの雰囲気は大好きで、、、

今日のクラスでは尊厳死・安楽死の討論で盛り上がりました。これはこの上なく重たいテーマだと思います。知っていてもいざ議論となるとなかなか難しいです。

このテーマって2つの見方があると思っていて、一つは「自分がそういう状態になったらどうしますか?」ってものと、もう一つは「家族や大切な方がそういう状態になったらどうしますか?」ってものだと思うんです。

それぞれで意見が異なる人ももちろんいると思うのですが、私の場合はどちらの場合でも「延命をしてほしい。」と思います。

理由はシンプルなものです。

その人が生きているという事実が心の支えになるからです。

少し傲慢かもしれませんが、例え私が植物状態になったとして、誰かが私の面倒を見たり入院費がかかったりしていても、私は私がこの世に生きているという事実が私の家族をはじめ私のことを大切だと思ってくれる方々の支えになると信じています。

こうやって思うのはきっと、私の家族や大切な人がそのような状態になったとしても、その方がこの世にまだいるって思うだけで強く生きていけるくらい心の支えになるからです。

でもここで肝心なのが、後者の場合は私がどう思うかということよりも当人がどう思うかの方が大切だとも思うんです。だから、もしその人が「ただ眠っているだけの状態が嫌で、だったらもういいや。」と思うのであれば全然受け入れられないですがその気持ちを、、、くみ取って、、、、、、いや、、、無理だな。こればかりは本人の意思が大切だとわかっていても無理です。めっちゃ文句言いたくなっちゃうと思うし、でも文句言っても返事が返ってくることは多分なくて、、、

こういうことを考える度に、日頃からちゃんと「ありがとう」を自分の言葉と行動で伝えようと思うんです。実際にそうなった時にはもう遅いんです。私たちが想像していることは現実になる可能性が十分にあるんです。

後マジで悲しいんだけど、そんなことを考えているときも自分の気持ちを伝えたいと思ってしまいます。でも絶対にそんなことをしてはいけないとわかっているのでしません。ここは理性が100の女です。そこに関しては自分を疑ったこともないし、何なら自分のことを理性の化け物なのではないのかと思うほど壁が厚いし高いのです。

今日も楽しかったです。

ありがとうございました!

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